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鏡獄百物語り
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仏足下的虛空 
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天平美少年阿修羅と金賢重は似てる?

說到阿修羅(修羅),之前曾聽聞 導師開示,經典上所說的阿修羅族,乃屬天龍八部眾的其中一族,這一族的男人長得很醜陋,女人卻非常的美麗,而上面這尊則是日本興福寺的六臂阿修羅像,也被喻為天平美少年,意思是天平時期(天平6年,西元734年)容顏為美少年的阿修羅。

曾在網站上看到有人問,一般所見的阿修羅表情都很醜陋,令人心生畏懼,為什麼會有人想要把阿修羅塑造成美少年的樣子呢?我想這可能跟日人崇尚美少年文化有所關聯吧,就像本文後,轉載了幾篇來自日作家、歌人、詩人,無不對這尊美少年阿修羅發出讚賞。

但若從經典來切入,(見文後:國宝阿修羅立像(八部衆のうち)1躯中所敘述)。那麼似乎可略見端倪。

據說這尊阿修羅是依據唐朝時期所得到的一本經典「金光明最勝王經」當作參考而製作。經典中記載,阿修羅在釋迦牟尼佛前懺悔自己的罪業,並皈依了佛陀。所以若以「阿修羅於佛陀前虔心懺悔」這個觀點來思維,似乎可以理解雕這尊像的師匠為何會以美少年的面容來表現。

想想,若我們有幸能在佛陀足前懺悔罪業,虔心祈求佛陀尊者為我們宣說解脫輪迴苦海的善妙佛法,我想在那當下,無論是誰,內心的貪瞋痴在那瞬間隨之淨化,轉而充滿著祥和、寧靜與無上的喜悅,連帶地猙獰的面貌也跟著平和轉化,成為令人見了心生歡喜的美麗少年,這樣的感動或許隱藏著更深一層的意義,也或許是這尊阿修羅像本身,所要傳達出這樣美感的一種高階語言的形式吧!

最後,個人的想法是,若我們只見到以美少年之姿的阿修羅為滿足或認為這是藝術的表現,這樣的想法是有點可惜的。並且,這跟金賢重同樣是美少年的美感呈現,背後所代表的意義可能是不太一樣的。

目前,在東京國立博物館正舉行一場"興福寺創建1300年--國寶阿修羅展,展出時間為2009年3月31日(火)-6月7日(日)為止。

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轉載來自asahi.com關於天平美少年阿修羅像的報導:

國宝 阿修羅立像(八部衆のうち)1躯
脱活乾漆造、彩色 奈良時代 天平6年(734)奈良・興福寺蔵

阿修羅像はもと興福寺西金堂に釈迦三尊、梵天・帝釈天、四天王、十大弟子像などとともに安置されていた八部衆のうちの1体です。この堂は光明皇后が前年の1月に亡くなった母橘三千代の一周忌に間に合うように創建したものですが、皇后に仕える役所であった皇后宮職をあげての仕事であり、光明皇后の強い意志が感じられます。
>>阿修羅像原本是在興福寺的西金堂裡安置著釋迦三尊、梵天‧帝勢天、四天王、十大弟子等等的像中其中八部眾中的一尊。這個西金堂是光明皇后為了趕上前年一月去世的母親菊三千代所舉行的一周年忌日所創建的,對於皇后宮出仕職務、設立宮職機關等等,由此可以感受到光明皇后的強勢。

3つの顔と6本の腕をもつ少年のような可憐な像ですが、胴体も腕もとても細く、憂いのある敬虔な表情が脱活乾漆造(だっかつかんしつづくり)の技法でとてもリアルに表現されています。阿修羅はインド神話では軍の神で、激しい怒りを表すのが一般的ですが、興福寺の像に激しさはどこにも見られません。
>>擁有三面六臂一張似少年般惹人愛憐的臉,身體、手腕非常的纖細,憂鬱並帶著虔敬的表情的雕像,是用脫活乾漆的手法所製作,表現得非常具有寫實性。阿修羅是印度神話中的軍神,一般的皆現憤怒相,而興福寺的這尊阿修羅像卻看不到那樣的憤怒神情。

阿修羅像は、当時、唐からもたらされた『金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)』をもとに作られたと考えられます。そこには、これまでの罪を懺悔して、釈迦に帰依することが説かれています。阿修羅の表情は静かに自分の心を見つめ懺悔する姿を表したものと考えられます。
>>這尊阿修羅像是依據唐朝時期所得到的一本經典「金光明最勝王經」當作參考製作。根據這部經點記載所說,阿修羅在釋迦牟尼佛前懺悔自己的罪業,並皈依了佛陀。所以阿修羅的表情如此的沉靜,是出自於發現自心所懺悔的表現。

見るものを魅了してやまない、天平美術を代表する「阿修羅像」

本展ではなかなか見る事ができない阿修羅像の背面も

資料FROM:小顔でスリムな仏像界のイケメン、阿修羅像を背面までじっくり鑑賞 - 東京国立博物館

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作者:岡 日彦さんより
時間:2003.11.7日 23:46

「衰える夏 そして万象を散らす風天はたったひとつ地はたったひとつ今こそ美しい男の子この世に生まれるがよい」―――詩 多田智満子
>>夏末將至,萬物隨風而散;天與地之唯一於今之際,美麗的男子誕生於世呵。

  インド神話、仏教神話においては、阿修羅は人に害をなす凶悪な魔神である。それなのに仏法守護の八部衆のひとつとして建立されたこの三面六臂(び)異形の阿修羅像のひそめた眉のなんと匂やかで初々しいことか。
>>在印度和佛教的神話中,阿修羅世為害人費的兇惡魔神。雖是如此,後來則做為佛法守護者中的八部眾之一族,這尊三面六臂的異形阿修羅像眉頭微皺,也是在許多八部眾隻中首見最為美麗的神像吧。

  日本古来の神道にあっては、神は童子を馮代(よりしろ)として顕現したまう。祭りに化粧した稚児(ちじ)が重要な役を担うのは、そのゆえである原始の宗教が大地の豊穣を願えば、必然的に性の香りを伴う興福寺の阿修羅が清冽でありながら艶の気配を秘めるのも、ゆえないことではない。
>>日本自古以來便尊崇神道,神則是以童子做為媒介體來顯現,在原始的宗教中,為了祈願大地豐饒,會在祭典中以化妝的小童來擔任重要的神代不是沒有理由的,所以無可避免地,擁有性之美的興福寺阿修羅,清冽中隱含著熟艷之氣因而產生。

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  岡さん いろいろ情報有難う御座います。本当に勉強になります。そこで私の製作中の阿修羅を発表させて、もらいます。なんというういういしい、しかも切ない眼なざしだろう。合唱する指先に力を込め、正面を凝視する目何お見つめようとわれわれに示しているのだろう。
>>岡先生,感謝您的資料,讓我受益良多。在這哩,我也將發表我所製作的阿修羅。該怎麼才好呢,總之,令人無法離開視線啊!充滿律動感的指尖蘊含著一股深沉的力量,正面那凝視的雙眼好像緊著我們,朝我們揭示什麼似地。

  その最も美しき顔には、然し悩みと悲哀とを浮かべております。その一心な目ざしに自分を集中させていると、自分のうちにおのずから,故しれぬ郷愁のようなものがうまれてくる。(作家:堀辰雄1943)
>>(這一段有點難翻,用意會的方式好了Orz|||)
  然而,在如此極致美麗的面貌,似乎隱隱浮現著著煩惱及悲傷。在那心無旁騖視線集中自我之下,一股像鄉愁般的東西自然地從內心生起來了。

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阿修羅の如く/ 森脇将行

  思いつめた少女のような顔!
  眉間にしわを寄せ下唇をかんだ顔!
  合掌し、宙に浮き、天を支える細い腕!
  一度見たら、決して忘れる事が出来ない、不思議な魅力を持ったお姿です。「阿修羅」は戦いの神です。人はいつも「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天」の六道の世界をさまよい続けています。この世の住人は生きている限り、人と戦い、自分と戦い、心と戦い、修羅場の中を阿修羅の如く生きています。「阿修羅」とは、まさに「人間」そのものの姿・・・・と、言えるのではないでしょうか。よって御仏に救いを求める。合掌

>>苦惱如少女般的容顏!
  眉頭深鎖下唇緊抿的容顏!

  雙手合掌,宇宙浮現,纖細的手腕支撐著天!

  只要見了一面,忘不了他那擁有不可思議的魅力的身姿啊。「阿修羅」即是戰鬥之神。人時時在「地獄、餓鬼、修羅、人間、天」的六道中不斷地輪迴。在這世上之人其有生之年中,就如同修羅場中的阿修羅般生存著,不斷地和 人戰鬥、和自己戰鬥以及和心戰鬥。也許我們可以,所謂的「阿修羅」正用著人類那樣的姿態生存著吧。祈求尊貴的佛陀救度眾生。合掌。

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